種の歴史を知る!広島の在来野菜「田尻南京」講座に行って来た

農業の知識

現在、3件の農家さんしか栽培していないという貴重な広島の在来野菜「田尻南京(たじりなんきん)」

長年栽培している農家さんの話が聞ける田尻南京講座があったので行ってきました。

固定種・在来種の野菜を育てて種も採っている私にとって、とても貴重な経験となりました。

田尻南京の歴史、復活の話を聞いてきたり、苗もいただいてきましたー♪

記録が残っている在来野菜は珍しい!田尻南京とは?

田尻南京とは

田尻南京は、かつては広島県福山市田尻町の農家の半数以上が栽培していたという日本かぼちゃです。

見た目はごつごつした形、オレンジ色と緑色のちりめん模様。完熟すると全体がオレンジ色になります。

田尻南京の歴史

広島県福山市田尻町は、映画「崖の上のポニョ」のモデルの地域として有名な鞆の浦(鞆町)…の隣にある海と山に囲まれた風光明媚な町です。

田尻南京はどうやって持ち込まれたのか、はっきりと記録がある珍しい在来野菜」と講師の農家さんはおっしゃっていました。それによると…

寛永15年(1638年)、島原の乱。

田尻町(当時は村)で造られた軍船に住人28人が乗船し、福山藩主水野勝成と共に出兵。帰りに薩摩の国に寄った際、大きなかぼちゃを持ち帰りました。

そのかぼちゃが改良されて、現在のちりめん模様の田尻南京ができたとのことです。

衰退から復活

全国的に西洋かぼちゃが普及し、日本かぼちゃはあまり作られなくなってしまいました。

田尻南京を栽培する農家も激減。

「田尻南京を見たこともないという子どもたちに見せたい!」

と、田尻南京を復活させようという声が挙がりました。

種を探し回った結果、東広島市にあったジーンバンクに種が残っていたのを発見!取り寄せて復活させることに成功したそうです。

ちなみに愛知の在来野菜「愛知ちりめん南京」は兄弟かぼちゃのようです。

東広島のジーンバンクは、残念ながら2023年に閉鎖しています。ジーンバンクの大切さを今さらながら感じます。

貴重な苗をいただく

復活した後、イノシシに荒らされたり危機を乗り越えて継承されてきた田尻南京。

その貴重な苗をいただいて帰ってきました。

話を聞いたあとだと、ちゃんと育てようという気持ちになります。

種には人の想いと歴史も詰まっている

私が固定種・在来種の野菜を育てる理由の一つは、歴史を感じるから。

例えばマクワウリは奈良時代から食べられていたと知ると、その歴史と昔から食べられていたという安心感を感じます。

島原の乱に参加してきた住人がお土産に(?)持ち帰ったかぼちゃが、以前は多くの住民に愛されていた。

一時は衰退したけれど、復活させたいという人々の活動により今は無きジーンバンクで復活することができたという。

野菜の小さな種には、成長するための情報の他に、人の想いと歴史が詰まっているんだなーと改めて思いました。

そんなことを想いながら野菜を食べたら、特別に感じるかもですね。

いただいてきた苗、ぜひ種を採りたいと思いました。

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